【レポート】齋藤利江とみんなのココロ日和写真展 ~家族にしか撮れない写真がある お父さん・お母さんにカメラを向けよう~

皆さんは家族の写真を撮りますか? 「子どもが小さい頃はよく撮ったけれど、成長するにつれて撮らなくなったなあ」という人が多いのではないでしょうか。ましてやご両親をモデルに写真を残そうという人はめったにいないのでは……。しかし、「齋藤利江とみんなのココロ日和写真展」を鑑賞された方々の中には、“家族の写真を撮ることの大切さ”に気付いた人が多いはずです。同展の様子をリポートします。

取材/阿部奈穂子(オリーブ・アンド・パートナーズ)

10歳からカメラを
始めて……


 
 「齋藤利江とみんなのココロ日和写真展」は6月15、16日、前橋市芸術文化れんが蔵で開かれました。桐生市在住の写真家・齋藤利江さんがお母様・アサさんを亡くなるまで撮り続けた作品が100点以上展示され、生前のアサさんがよみがえって来たようでした。
 利江さんがアサさんを撮影しようと思った背景には、複雑なドラマがあります。
 彼女がカメラと出逢ったのは昭和24年、10歳のとき。お父様に買ってもらったそうです。中学、高校時代は地元・桐生の街はもちろん東京の銀座まで足を延ばし、様々な写真を撮り続け、その作品は多くのコンテストに入賞しました。「高校卒業後は東京の写真専門学校に進み、写真家になりたいと思っていました」と振り返ります。
 しかし、お父様が病気で倒れてしまい、その夢はあっけなく砕かれてしまいます。「父は私に写真の道を諦めさせるため、今まで撮りためた写真のネガをすべて取り上げてしまったのです。捨てるからと」。その後、利江さんは結婚し、桐生市でカメラ店を経営しながら2人の娘さんに恵まれました。
 商売で忙しい利江さんの代わりに、娘さんの面倒をみたのはアサさんです。「母は良妻賢母を絵に描いたような人。いつもほがらかで、家族を支えることに全力投球。そんな姿を見て、『自分は写真家にはなれなかったけれど、これからは母の写真を撮っていこう』と決意したのです」と言います。
 

 

日常の1シーンを
静かに切り取る

 「齋藤利江とみんなのココロ日和写真展」は実家の庭で、うどんを打つアサさんの笑顔から始まります。「かわいい孫に食べさせてあげよう」、写真からアサさんの優しい気持ちが伝わってきます。続いて、昔懐かしい木桶の薪風呂での、アサさんの入浴シーン。これは、実の娘ならではのショットでしょう。「寝るときとお風呂に入るとき以外、カメラを手放さなかった」という利江さん。レンズを向けられるアサさんも、撮られるのが当たり前になっていたようです。どの写真も自然体で、日常の1シーンが静かに切り取られています。

涙をこらえて
撮ったショットも

 利江さんの2人の娘さんは結婚後、ニュージーランドに移住しました。孫の面倒をみるため、アサさんも何度かニュージーランドを訪れ、その大自然の中で撮った写真が次のコーナーには展示されていました。やはり、日本とは景色の色が違って、原色が鮮やかです。アサさん自身も髪を金髪に染めたり、野生動物と戯れたり、かなり自由を満喫している様子。しがらみの多い地元から離れ、気持ちが解放されていることが伝わってきます。きっと撮影していた利江さんの心もハッピーだったのではないでしょうか。
 その頃から少しずつ、認知症が始まっていたというアサさん。80代になり、とうとう施設に入ることになります。施設に面会に行く利江さんは、そこでもアサさんの写真を撮り続けました。「娘として一番つらかったのは、母の靴にひらがなで書かれた名前を見つけたとき。そして、手づかみでご飯を食べているのを見たとき」と利江さん。その靴も、手づかみの食事の様子も、涙をこらえながら、しっかりと写真に捉えています。
 「晩年には認知症が進み、私の顔さえわからなくなってしまったけれど、カメラを向けると必ず笑顔になってくれました。カメラを構える姿で、『あ、利江が来たんだな』とわかったのかもしれませんね」

すべての写真から
あふれる愛

 今回の写真展は利江さんの作品だけでなく、家族の絆をテーマにした写真を一般から公募し、同時展示しました。集まったのは36点。一つひとつを、利江さんが心を込めて額装したそうです。「すべての写真から愛があふれていました。一番身近な家族だから撮れる写真ばかり」と利江さん。
 応募者の一人、Tさんは、70代のお母様の横顔を撮影しました。自宅の台所での写真でしょうか、とてもリラックスした表情です。「2年ほど前から趣味で写真を始めましたが、母を撮るのは初めて。面と向かって、撮らせてというと照れて嫌がりそうだったので、中望遠レンズを使って、横顔を盗み撮りしました。シワが増えたなあ、でも優しそうな目だなと。新たな発見がありましたね」と話します。

大切なものを永遠に
残すツール

 冒頭で、利江さんが中学、高校時代に撮った写真のネガはすべてお父様に取り上げられたとお話ししました。ところがそのネガは、お父様が亡くなり、遺品を整理していたときにクッキーの箱の中から出てきたそうです。ネガカバーには日付と撮影場所がきちんと明記されていたとか。お父様は捨てずに、大切に保管していたのです。その写真は今、利江さんの代表作・昭和30年代シリーズとして多くの人から支持されています。
 大切な家族と写真に支えられてきた人生を、しみじみと振り返る利江さん。大切なものを永遠に残すツールが写真です。「写真展をご覧になった方が一人でも多く、家族の写真を撮ってくださるようになったら、こんなに嬉しいことはありません」

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