市内の作家が活動できる場所づくり

この記事は、ココロ日和2017年夏号に掲載されたものです。

桐生人をたずねて 第2回

今回は、桐生本町3丁目にてギャラリー「パンセギャラリー」を運営し、ご自身も作家である藤井宜人さんをご紹介します。
藤井さんは、ご自身のアーティスト活動だけでな く、有鄰舘や市内で開催されるアート系イベントのサポート・企画を行うなど、様々な形で作家支援に携わっています。

 

作家になったきかっけはなんですか?

予備校の夏休み中に、ものづくりの楽しみを知りました。ドイツ留学中は、ドクメンタという世界現代美術大型グループ展や多くの作品に触れることができました。

高校を出て、家族に放射線技師の道を進められるも、しっくりきませんでした。

Gパンにペイントしたり、木でイスを作ったりすることが当時流行っていて、予備校の夏休み中にやってみたら、とても面白かったんです。そこから物作りについて考え始め、美大に進学しました。

大学ではプロダクトデザインや油絵を選考し、卒業後の進路を考えていたところ、学校からドイツ留学の話があり受けることにしました。ドイツのマールブルクというところは学生街で、世界中から学生が来ていました。お城や教会があり歴史が深く、美術も盛んなところでした。ドイツで生涯作家活動をしたいと考えていましたが、体調を崩したため帰国しました。

 

ギャラリーを始めた理由はなんですか?

自分が作家だったので、自分のために動いていた結果が今なのだと思います。同じ壁を抱えているアーティストの方とも出会うことができました。

桐生に帰ってきて、桐生で作家が発表する場がないことに気づきました。自分が思うギャラリーらしい場所がなく、作家活動をするにはどこかやり辛さを感じていました。ないなら自分で作ってしまおうと思い、今のギャラリーを立ち上げました。

ドイツには、一見何屋かわからないお店が多く、それが面白いと思いました。パンセの空間は、ドイツにいたからこそできたのだと思います。主張せず、町中に溶け込めていないけど、溶け込んでいるようなギャラリーに…。


 

どうして桐生だったのでしょう?

ギャラリーを作ったからには責任を持ってやろうと思い、それから腰を据えて桐生にいようと決断しました。

父が今のギャラリーの場所を前のオーナーから買い、倉庫として活用していましたが、「改装するから使わせてほしい」とお願いしました。大学で壁や空間を作っていたので、1年ほどかけて自分で改装をし、2013年からアトリエ兼ギャラリーとして使い始めました。

都内に住んでいた頃は、桐生は廃れている・シャッターが降りているというイメージが強く、特に愛着はありませんでしたが、ギャラリーを持つことにより徐々に桐生の作家さんや地域の方と出会えました。お互いを助け合いながら、補い合いながら生活するには、丁度いい町だと思います。地元の人や、外部から来た人の視点が入り混じると、もっと面白くなるかもしれません。


大変だったことはありますか?と質問をすると、「たくさんあるけど、好きでやっているからね。」と笑顔で言う藤井さん。謙虚に遊び心を忘れない姿勢が、いろんな人を惹きつける魅力なのかなと思いました。
これからもっと面白いことが始まりそうな予感がしました。
参考 PENSEE GALLERYパンセギャラリー  
(こやま)

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